水底の放射能汚染についての話

昨日のNHKスペシャルで、水底のホットスポットについて特集していた。福島第一原発から流れ出た放射性物質は沿岸流により南側に広がり、泥の多い場所に溜まる。周辺から雨水の流れ込む沼では湖底に溜まった放射性物質が流れ出ることなく留まり、それを飲み込んだ生物が死んでまた積もり、食用不適な状態がずっと続く。川を流れた放射性物質を含む泥は河口付近で塩水と混ざることにより凝集沈殿し、海に出る手前でホットスポットを形成する。これは水流により少しづつ海へ流され、東京湾にこれらが流れ込むピークは2年2ヶ月後と推定。


……という内容はなかなか興味深いのだが、残念ながら番組中ではそれが生活にどのような影響を与えるのか、といった部分の考察が出ずに終わってしまった。
放射性物質が水底に溜まる、というのは単に事実の指摘に過ぎない。陸上を中心に測定が進んでおり水について見過されていた、という点に光を当てたことは重要だが、それで終わってしまうと「こんなに汚染されているんです! 怖いねー」みたいな話になってしまう。


予め言っておくが、水中に降り積もった泥に含まれる放射性セシウムによる直接の放射線被害は、恐らく皆無だ。深い水の底からの放射線は、水に遮られ減衰するので付近にいても問題になるような被害を受けることはない。何かあるとすれば水産への被害ということになるだろう。
生物濃縮によって魚介類から比較的高い線量が検出されるだろうことは想像に難くない。既に一部の品目で1000〜2000Bq/kgほどの数値が検出された事例がある。今までは福島近海での汚染が問題視されていたが、どうやら茨城〜千葉方面にも、あるいは内陸の湖沼、そして河川を通って東京湾にも及んでいる、というのが今回判明した問題点、ということだ。


じゃあ、この件で予想される健康への被害はどの程度なのか。食品による年齢別の内部被曝ベクレル(Bq)シーベルト(Sv)換算ツールを使って内部被曝量を確認してみる。
これまでの検査により検出された食品の放射線量は高い方の値でも2000Bq/kgを越えてはいなかったので、この値より酷い可能性はひとまず考えなくて良かろうということで、暫定的に2000と仮定して計算する。
魚の切り身は普通、大きくても200gを越えるものではない。どの程度の頻度で魚を食べているかは家庭によっても異なると思うが、あまり毎日が魚という話は聞かないし、また汚染が心配される近海で採れる魚は限られているので毎日のように食べるといったことはなかろう。仮に1週間あたり200g、一月で1kgと考えるとしようか。これでも恐らくは実態よりもかなり多めだと思うが。
9ヶ月の間ずっと2000Bq/kgの魚介類を月あたり1kgづつ、今までに9kg食べているものとして計算してみると、この手の基準としては大袈裟と評価されているECRRでも胎児〜1歳児で非致死ガンの可能性が0.1%増えるかどうか*1、ICRPでは0.02%ぐらいということになる*2
つまるところ、少なくとも一般市民の健康面についてだけ言えば、この話は特に影響なさそうだ。


とはいえ水産業への打撃については避けられまい。今でも暫定基準値500Bq/kgを上回った例がいくつか見られるが、近くこの基準値が100Bq/kgまで引き下げられるという。つまり今までは出荷しても良かったものが今後できなくなる、というのは少なからず出てくるだろう。またホットスポット付近で行なわれていた養殖などは恐らく廃業せざるを得まい:セシウム137は半減期30年であり、つまり今後数十年はその状況を改善しようがないからだ。
漁業全体の内訳を見ると、今や遠洋・沖合の割合はかなり減少し、沿岸・養殖がそれを上回る。つまり、この件で影響を受け易い業態の割合が全体の2/3を上回るわけで*3、なかなか深刻と言えよう。もっとも、漁業全体で1兆6千億円程度とGDPに占める割合は僅か0.3%程度のようで、かつその一部にのみ影響するということになると、その保護と健康被害保護のバランスはなかなか判断の難しいところではあるかも知れない。