地震兵器のどこが「論外」なのか

広島県議が「東日本震災は地震兵器による攻撃だ」のようなことを言ったとかなんとか。
で、http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/38264793.htmlにて

数ある陰謀論の中でも「地震兵器」は、その荒唐無稽さにおいては飛び抜けている。だから、まだ入信していない予備軍を説得するのは、他の陰謀論と比べれば比較的容易だと考えて良いのかもしれない。これができないようであれば、おそらく「911陰謀論」も撃退できないであろう。もはや「論外です」の一言で済まされる話ではなくなっていると思う。

との話が。
というわけで、飛び抜けて荒唐無稽な「地震兵器」陰謀論の、何がどう荒唐無稽なのかという話をしようと思う。

人工的に地震は起こせるか

これはまあ、できる。できるから地震兵器などという妄想が生じているわけで。
人工的な地震には2種類あって、ひとつは爆発などの衝撃を震源に使うもの、もうひとつは地面深くに水を送り込んで地震が起きやすくするもの。


衝撃型の代表例は地下核実験である。核爆弾のエネルギー量は結構なもので、史上最大の水爆「ツァーリ・ボンバ」ではマグニチュードにして7相当のエネルギーが観測されたというし、米国の地下核実験でも推定マグにチュード6.9が記録されている(気象庁2017年験震時報に拠る)。
ただし、実はこれらは瞬間的なエネルギーこそ少なからぬものの、震度としては大したことがない。恐らくは瞬間的なものであって持続的な振動を生じないからだろう。例えば北朝鮮の地下核実験が気象庁地震計に捉えられたことがあったが、この時の推定マグニチュードは4〜5だったものの揺れは高精度な地震計に僅かに感知された程度だった。無論、距離の問題も少なからぬものはあるだろうけれど、同時に核を以てしても大きな揺れを生じせしめるのは難しいことを示している。
また、実際の地震は地下の岩盤にかかる巨大な圧力がエネルギー源となるが、衝撃型人工地震の場合その震源は人為的に発生させた衝撃そのものであり、衝撃で引き起こし得る破壊力を上回る地震を引き起こすことはできない。つまり核兵器を使って地震を起こすのだとすれば、核兵器そのものが引き起こす破壊よりも大きな被害を、その核兵器震源とした地震で与えることは不可能だろうと思われる。
人類史上最大の核爆弾であるツァーリ・ボンバ(直径2.1m、長さ8m)でさえマグニチュード7がせいぜいだが、東日本大震災はそれよりもはるかに大きいマグニチュード9である。
マグニチュードは対数指標であるため、数値が2大きくなるとそのエネルギー量は1000倍となる。つまり「人類最大の核爆弾を1000発同時に爆発」させてようやく同等規模のエネルギーが実現可能ということで、ちょっと現実的ではない。


一方、地下注水型は地面に深い穴を掘って地殻の割れ目に水を送り込み、その水圧や地熱で気化した水蒸気の圧力で岩盤を破砕するもので、工業廃水の地下投棄処理や地熱発電などにより弱い地震が誘発された例が知られている。また地震の解明を目的として断層への注水による小規模な地震誘発実験なども行われており、ある程度の「人為的な地震コントロール」は不可能というわけではない。
また、爆発のエネルギーを地震の規模が上回ることのできない衝撃型とは異なり、地下細工型は言うなれば「岩盤の潜在的地震エネルギーを人為的に解放する」やり方であるため、発生し得る地震の規模は自然の地震そのものに等しい。そのため、もし地震を「兵器」として敵国に広範な破壊を引き起こす目的でコントロールすることが可能であるとすれば、こちらの方が有望だろう。

ただ、実現は言うほど簡単ではない。
まず、これは「狙った場所に地震を発生させる」技術などではない。あくまで「いつか起こるだろう地震を、発生しやすくする」だけのものだ。
また、発生させることのできる地震の規模はあまり大きくない。現在までのところ地下注水によって引き起こされた地震の規模は最大でもマグニチュード5程度に止まっており、震災クラスと比べればエネルギー規模が1000〜100万倍ほど足りない。被害はせいぜい「窓ガラスにヒビが入る程度のことはあるかもしれない」程度で、これではとても兵器にはなり得ない。


岩盤にかかる圧力エネルギーは、大雑把に言えば「深い場所ほど大きい」。したがって浅いところへの注水で引き起こせる地震はさほど強いものではなく、巨大地震を引き起こそうとするならば相当な深さに達する必要がある。
そもそも、衝撃型であれ地下注水型であれ、実際に起きた地震が人工地震だということならば、その深さまで掘り進めなくてはならない。
しかし、大地震震源はだいたい20〜30kmの深さで発生している(東日本大震災は深さ24km)。また、大地震は大陸プレートの歪みによって引き起こされるため、プレート同士がぶつかり合う場所が震源となるが、そういう場所のほとんどは深海底にある(下に潜り込んだ方のプレートが上に乗ったプレートの端を引き摺り込みながら沈んでゆくので、深い海溝が発生するのだ)。
つまり、「大地震は深い海の底の、更に深い場所」で発生するので、人工地震とやらがそれを模倣するなり利用するなりして同じような場所で地震を発生させるのだとすれば、「深海底を、超大深度まで掘削」しなければならない。
では人類の掘削技術はというと、10年以上かけて掘り進めたロシアのコラ半島超深度掘削坑がようやく12km程度。この深度になると地下は相当な高温となり、それ以上は掘削機材が保たず、未だこの記録を超えられていない。


つまり人工地震説は、「人類が引き起こすことのできた最大の核爆発の1000倍のエネルギーを」「人類が到達可能な最深部の更に倍の深さで」発生させる必要があるということになる。それも地上より更に困難な深海底で、攻撃対象国のすぐ近くで何十年にもわたって。
それはちょっとあまりに非現実的では?

人工地震じゃなくて地震兵器?

米国の高周波活性オーロラ調査プログラムであるHAARPが「狙った場所に地震を引き起こすことのできる兵器」であるという主張もある。どうやら今回注目された地震兵器陰謀論も概ねこの路線を採っているようだ。
ただ、単なる高周波アンテナがいかなる原理で地震を起こすと考えられているのか、について説明のできた人はいない。「原理的には可能だ」ですらなく、単に「あの施設は何か怪しいから恐るべき陰謀が仕組まれているに違いない」という根拠のない漠然とした疑念だけがHAARP地震兵器陰謀論を支えている。

そもそもどこの誰による、何のための攻撃なのか

陰謀であるのだとすれば、そこには何らかの利害関係がある。日本が攻撃されたのだとすれば、それは「日本がダメージを受けると得する」存在の仕業である筈だ。得をするのは誰だろう?
損得は単純に考えてはいけない。ちょっと喩えが悪いが、あなたがとても嫌っている人物がいるとして、その人を殺害するとあなたは得するだろうか、損するだろうか?殺害そのものは自分にとってプラスであるとしても、そのことにより殺人罪で懲役に服すことになるのはどう考えても損だ。差し引きした時、それは得なのかどうか。
陰謀も同じで、単純に陰謀の成功時に得られるメリットだけを見て判断することはできない。それが露見した時のデメリットと露見可能性の程度(関わる人が増えるほどに秘密は漏洩し易く、陰謀のために金や資材が使われるほどに不審な動きを感付かれる可能性は高まる)、また陰謀によって得られる収益に対して実行に必要なコスト、そういうことを考えた上で、なおメリットが上回るのかどうか。


そういったことを考えた時、日本を攻撃することにメリットを有しているのはどこの誰か?
米国?日本は部品調達先としても市場としても大きな存在で、日本経済を壊滅させることにより米国が失うものは少なくないが得られるものは何もない。
中国?それとも韓国?日本は主要な取引先のひとつであり、それを減らすことにより得られるものはない。勿論、国際的にも注目されている状況で「この機に乗じて日本を占領」なんてのは全くもって不可能だ。
北朝鮮?なるほど確かに失うものは何もない、が得られるものもまた何もない。日本を占領しようとでも言うなら別だろうが、北朝鮮自身にもそんな余裕はどこにもないし、そもそも他国に先がけて地震兵器だかを開発運用するほどの国力がない。


冷静に考えれば考えるほど陰謀論は成立しないことが明らかになって来る。既に陰謀論者の半数は「宇宙人の仕業」やら「世界を牛耳る悪の秘密結社」といったオカルトに逃げ込んでおり、それはつまり「陰謀の理由なんて解らないけど、とにかく陰謀に違いない」という、非常に稚拙な主張に終始してしまっているということだ。

陰謀論の根本的な問題について

某所「人工地震を起こしても誰も得はしない」というのはありえない公共事業と同じで 仕事さえ創出すれば、あとはマネジメント次第でペイはできるなんて反論めいたものがあったので追記しておく。
陰謀というのは、大きければ大きいほど多数の人が関わるし巨額の金や資材が動く。規模に応じて直接的・間接的に情報の漏れる範囲が広がり、それだけ露見可能性が高まることになる。
一人二人でできる範囲の陰謀ならバレずに事を済ますことも可能かも知れないが、ツインタワーを事故に見せかけて爆破解体するだの日本の大深度地下に核爆弾仕掛けて人工地震起こすだのといった陰謀が企画立案から実行までに一体何人の関係者が必要で、それにどれだけの資金が投入されるのか考えてみるといい。
極めて大雑把に計算すると、例えば関係者が酒の席でうっかり口を滑らせるとか良心の呵責に堪え兼ねて告解するといった様々な要素で秘密が露見する可能性を、仮に1年あたり0.1%と見積るとしよう。すると1人あたり/年あたり99.9%はバレずに済むので露見可能性の計算は「1-0.999^(人数×年数)」となる。それでものべ関係者が10人になると年1%近く、100人なら9.5%、1000人なら63%。
先ほど「1年あたり」としたように年月が増えれば関係者ののべ人数は増える。100人しか関わっていなくても10年の間にバレずに済む確率は1000人で1年の時と同じだ。そしてまた、陰謀というのは何年経とうがバレたら身の破滅である。
え? 事が済み次第関係者を抹殺して露見可能性を下げる? いやいや、不自然死が増えたらむしろそこからバレる可能性が高まるだけだ。バレない工作なんてものはない。司法や警察もすべて抱き込む?買収できる相手ばかりではないので何をやろうがいずれバレる。


そこまで考えた上で、なおその陰謀には何かメリットがあるだろうか?