「何かあったら母親のせい」問題

先日Webで話題になった非実在青少年規制問題を、「何故これに賛意を示す母親が多いか」から見たエントリを読んだ。
ポンコツ家族の取扱いマニュアル - 母親の皆さんに 児童ポルノ法&東京都青少年健全育成条例改正問題について
これ読んで最初に思い出したのは、これもTwitterでちょっと話題となったまとめよう、あつまろう - Togetterでの発言。

「もしそれで何かあったら、預けてしまった自分を許せない」

このセリフ、ほとんど同じものをmixiの予防接種コミュで何度か目にした。一応クローズドな場での発言なので引用できないが、文脈としては「自然罹患で死んでも運命だと思って諦めが付くが、予防接種の副反応で子供に何かあったら自分を許せない」といったものだった。
想定状況こそ異なるが、この3者はまるで同じメンタリティだ。要約すれば「子供になにかあったら全部自分のせい」。自然災害であれば言い訳も立つが、自発的な行動で変えられるものであれば自分に全責任があるという考え方。


その判断自体を責めるものではない。いや、非実在青少年問題にせよ予防接種問題にせよ、客観的にはその判断が確実に状況を悪化せしめているのだけれど、本稿で取り上げたいのはその点ではなく、むしろそのようなメンタリティに陥らざるを得ない社会構造の方だ。
何故、母親のせいなのか。


何か調査したわけでもないので、このようなメンタリティを持つ母親の数にせよ割合にせよ体感以上のデータを持っているわけではない。観測範囲の偏りによるバイアスなどもあるだろう。それでも、恐らくは決して少数派の考えではないのだ。少なくとも政治的にある程度多数の意見を代弁するであろう議会に非実在青少年のアレが提出される程度には潜在的共感層は多いのだろう。
普遍的メンタリティであるならば、単に考え方の違い程度の話ではあるまい。それを形成するに至る要因が社会に存在することになる。
「存在することになる」──というか、もっと言えば普段から我々自身がそれを形成しているのだが。


冒頭に示したエントリにもあったが、そもそも現代の日本社会に於いては子育てはほぼ100%母親の仕事だ。最近でこそ夫も家事を手伝うなどの風潮が現れつつあるが、それでも平日の日中は基本的に出勤しているので、少なく見ても起床時間の半分以上は妻が一人で子の面倒を見ざるを得ない。また両親との同居なども少なくなっており、日中気軽に子供を託す先がない。
そうは言っても乳児を抱えていては用事ひとつ済ませるのも困難だ。マンションの下までゴミ捨てに行く程度でいちいち人を頼んだりベビーカーやスリングで子供を運んだりするわけにも行かないが、一瞬でも目を離すと「子供に何かあったらどうする」などと怒られたりする。誰に?夫だったり自分の親だったり場合によっては小児科の医師や保健所あたりだったり。そりゃ育児ノイローゼにもなろうというものだ。


こうして日常的に「何かあったらお前のせいだ、片時も目を離すな」と言われ続けて1〜2年ぐらい過ごしていれば、親の精神にはそれはもう強く「何かあったら自分のせい」という呪いが掛かってしまうのも無理からぬこと。この点では、母親はむしろ被害者だ。
実際には、24時間の監視なんて不可能だし一瞬の事故なんて見ていても防げない。勿論、幼い時に長時間(この場合は「生命活動が停止するに充分な程度の時間」)大人の目の届かぬところに放置すべきではないというのは正論だが、正論で回らなくなった生活を回す方法は、圧迫されて窒息寸前の精神を蘇生する方法はどこにあるのか。


病んでいるのは母親ではなく社会の方だ。その病変が、一番圧迫される母親の暴走という形で表出しているに過ぎない。「何かあったら母親のせい」ではないのだ。母親が目を離さざるを得なかったのは、育児以外の様々な雑事から解放されなかったから。母親が目を離している間誰も見ていられなかったのは、育児や家事を代行する人間がいなかったから。母親が見ていなければならなかったのは、父親が育児を肩代わりしていないから。父親が肩代わりしないのは、男が社会で働くものだという社会の前提があるから。……要するに、幼児が短時間のうちに事故死したのだとすれば、それは回り回って社会の責任なのだし、少なくとも母親一人が背負う罪ではないのだと。
どうか母親の皆様には、いま少し肩の荷を降ろして頂きたい。重圧のストレスから逃れて、曇りなき目でもう一度世の中を見直すために。自分と家族にとって最適と思える道を、きちんと自分の意思で選ぶために。


匿名ダイアリーにちょっと反応

非実在青少年問題にせよ予防接種問題にせよ「状況が悪化したのは母親のせい」だと言っているのに気付いてないのかな。
いや、お前らもその「何かあったら母親のせい」と言いたがる「社会」の立派な一員じゃん。
http://anond.hatelabo.jp/20100325221735

その通り。どちらも直接的には、母親が状況を悪化させている*1。子供や夫の趣味を違法にしてしまうのも、子供を取り巻く地域の集団免疫を低下させて病原に晒すのも、母親の下した意思決定の結果だ。そのことによって明らかに状況を悪化させているのだということは認識して貰わねばならないし、それが呪いを強化してしまっているのは解っているが、それでも見過ごすわけには行かない。その被害を受けているのは呪われた本人ではないから。
けれど、例えば予防接種の問題を母親が引き起こしているのは母親に全面的な決定権があるから、言い換えれば父親や親族、あるいは社会がその決定権を担うことを放棄しているからでもある。加害者が別の面では被害者であるというのは珍しいことではない。被害の部分はなんとかして救済したいと思うし、加害の部分はなんとかして止めさせたいと思う。それにはまず、被害についても加害についても、実態を客観的に認識して貰うしかない。


3年ぐらい前に既に指摘があった→談合社会の崩壊の中で「お母さん」たちが担っているもの - アンカテ

*1:誤読されがちなようなので註釈:無論「すべての母親が」ではなく、「状況を悪化させるような判断を下した母親がいる」である