iPhoneのカメラとデジカメの未来

5年ほど、ずっとSONYCyber-Shot F828をメインに使ってきた。大きくて重いボディ、28〜200mmと準広角〜準望遠をカヴァするF2.8のレンズ、上下スウィーベル構造、暗所撮影機能と至れり尽くせりの高性能機。当時一眼レフのラインナップを持っていなかったSONYの、事実上最高位に当たるハイエンド機である。それまで使用していたF505Vの直系であり基本的な使用スタイルが共通すること、当時ほぼプロ向けしか存在しなかった一眼レフ並みの解像力が期待できること、なによりスタイリングに惚れて発売当日に即金購入した代物。
しかしそんな愛機を、今回の国立科学博物館での撮影ではあまり活用しなかった。なんとなれば、iPhoneのカメラを併用したからだ。


F828は所謂コンデジである。コンパクトとは程遠い形状だが、レンズ非交換式デジカメを総称する呼称が他にないのだから仕方ない。
コンデジは1台であらゆるニーズに対応する必要があるため、あまり性能を偏らせるわけに行かない。従ってレンズ設計も広角から望遠までをそれなりにこなす程度の範囲に収まってしまう。F828でも「そこそこ広角、そこそこ望遠」という設計になっている。逆に言えば「どちらもちょっと物足りない」。もうちょっと広く撮れれば、もうちょっと大きく撮れれば。
実はこのうち、望遠については擬似的な対処も不可能ではない。つまり不要な範囲を切り捨てて中心部分だけ切り出して見せればいいのだ。所謂電子ズームはそれを内部的に処理している。
しかし広角についてはそうも行かない。あるものを削るのは簡単だが、ないものを生じさせるのは容易ではないのだ。ところがカメラで活用するのはむしろ広角の方だったりする。建物全体を写したい、空を大きく撮りたい。そんな時に広角性能が物を言う。


これが一眼レフなら、魚眼レンズにでも付け替えれば済む*1。けれどコンデジ故にそれもできない。
しかしiPhoneは、それ自身がパソコンであるが故に、その上で画像処理すら可能となっている。広角が欲しければ、複数枚の撮影画像を繋ぎ合わせて1枚の広角画像を作ってしまうアプリを入れればいい。科博の展示物には全長20mほどもある骨格化石などが多数あるため、このパノラマ撮影機能が大活躍した。他の展示物との兼ね合い、展示スペースの制限もあって全体が写るまで退くこともできない状況では、ハイエンドカメラと雖も大した画像を切り取ることができない。たかが300万画素の極小レンズ+極小CCDによる荒れた画像であれ、撮れる絵面の迫力は余程上だ。


実のところこのiPhoneのカメラアプリは、デジカメの行く末を表しているのではないかと思えてならない。一眼レフにせよ、実際の使用で期待している性能の半分は言わばレンズの屈折性能であり、本体の性能ではない。そしてレンズ性能はある程度演算によって補い得る。繋ぎ合わせによる広角表現だけではない、画像の補間に関してもかなり研究は進んでおり、低解像度の写真から高解像度画像を生成するのも不可能ではない段階にまで来てはいる。すると10年ぐらい後には一眼レフすら、存在意義の半分以上が失われてしまうかも知れないのだ。
現段階では新興のエントリーモデル一眼レフ勢がハイエンドコンデジを駆逐しつつあり、コンデジ側が対抗策としてハイスピードシャッターや超拡大マクロなど一眼レフではできない機能を投入してきている。広角撮影の処理としてスウィングパノラマ撮影を持つ機種も増えてきた。


未来のカメラは、センサー+レンズシミュレーションで構成されることになるかも知れない。ARのための電脳メガネと合わせ、蔓の左右に配置した小型センサーで得た低解像度の視差画像から高解像度の平面画像を合成してみせたり、ぐるりと見渡した範囲の動画から全周映像を生成したり。
画質面では未だ銀塩に優位性があるにも関らず実質的にデジカメが銀塩の存在を抹消してしまったように、いずれレンズというものがこの世から消える日が来ないとも限らない。

*1:コンデジでもものによってはコンヴァージョン・レンズによって補うことが可能だが