図書館の騎士団:打ち捨てられた武と知の物語

スウェントヴァイトという都市がこの世界に存在したことはない。つまりこれは架空の世界だ。だが所謂「竜と魔法の存在する」ファンタジーではなく、実在しないというだけでその様相は全くの中世欧州のそれである。
スウェントヴァイトは知の砦だ。古今東西あらゆる書を集めた書院を有し、それを守護する3つの騎士団を保有している。

この時代、本は宝と同義である。羊の皮を剥ぎ毛を削ぎ脂を煮溶かし、水で張り伸ばした皮を乾かしては薄く滑らかに研いでゆく。そうして一月もかけて出来上がる羊皮紙はたった数枚。それに文字を丁寧にペンで書き込み、要所には挿絵を入れ、また余白にも模様を書き込み、それらに様々な鉱物を微粉末にすり潰し卵白などで溶いた絵の具で着彩し、金箔を膠で貼り付けてゆく。1冊を書き切るまでに半年〜1年以上を要することも珍しくはない。それほど金と手間をかけて書かれるので、装丁も相応に豪華でなければならず、だから金銀や宝石で装飾された。
また知はそれ自体が力であり、宝でもある。だから軽々に盗まれぬよう、厳重に管理されねばならない。書庫は最奥にあり厳重に施錠されるものだが、本自体にもまた錠が設けられ、あるいは鎖で書架に繋ぐ。

スウェントヴァイトは知の砦だ。その裡にたくさんの宝を有し、それが故に常に狙われ、だからこそ護るための武がある。
スウェントヴァイトは知の砦だ。その裡に収めた書は、少なからず略取したものでもあり、それを為したのもまた武である。
そしてスウェントヴァイトの知は英知だけに留まるものではない。奸知もまた、その裡に渦巻いている。

イグナーツは図書館の騎士団、獅子の第四団を率いる団長であり、戦の巧手として知られる。それ故に危険な任に遣られることも多いが、容赦ない手腕でそれに応える。図書館の知と、身内を護るためであれば進んで汚れ仕事をも引き受ける。
アーデルは図書館の守護一位の座にある梟の騎士団に所属する司書であり、この書院の(閲覧を許される限りの)あらゆる書に精通し、それらを関連付け体系立てて駆使する才を有する。その知見には古今ありとあらゆる戦の記録も含まれ、机上であれば大胆にして的確な知略を示す。

苛烈な物語である。冒頭から虐殺が克明に描かれ、全体が謀略と殺戮にまみれている。その中にあって知の煌めきだけが輝きを持って描かれるが、しかしそれすらも、いや、それこそが、戦の火種そのものなのだ。

戦火に輝く才を見せる武の主人公と知の主人公が、互いを援けとして紡ぐ物語はしかし、唐突に断ち切られる。それは恐らく、予定された断ち切られ方ではない。1巻の最後でアーデルが気付いたことは、他国の計略は、あるいは謎の姫は、異国の客将は、それぞれに語るべきバックグラウンドを持っていたはずだが、そうした情報はほとんど何ももたらされないままに、決着だけが落とし込まれる。
想像するに、作者も本意ではなかったのだろう。3巻の筆致は明らかに前巻までのそれよりも荒く、書き手の気が削がれているのだろう様子が窺える。
こんな、投げ捨てられ方をすべき作品ではないのだ。実に、実に惜しい。

図書館の騎士団 1巻

図書館の騎士団 1巻

図書館の騎士団 2 (BUNCH COMICS)

図書館の騎士団 2 (BUNCH COMICS)

図書館の騎士団 3 (BUNCH COMICS)

図書館の騎士団 3 (BUNCH COMICS)