街コロ戦術研究2

ゲームマーケット2012春で発売されたカードゲーム「街コロ」は、今やボードゲームの本場ドイツでも発売されるばかりか年間ゲーム大賞にもノミネートされ、またゲーム専門誌『フェアプレイ』のアラカルト・カードゲーム賞2015でも1位など、高く評価を受けている。
ゲームマーケット後に攻略記事を書いた時とは状況も変わり、また追加カードセットが2種類登場したことで戦術の幅も広がった。そろそろ、4年前の記事を書き直しても良い頃だろう。

街コロとは

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場に並べられた施設カードを買って自分の街を発展させてゆく、箱庭的なカードゲームだ。カードのそれぞれにサイコロの目に対応した数字が書かれており、その目が出た時に収入をもたらす。そして収入でまた新たな施設を買うことで、それぞれの目で収入が得られるようにしたり、あるいは一度に多くの収入が得られるようにして、いかに効率良く収入の得られる街を作り、他の街よりも早くにランドマークをすべて建て終えるかを競う。

基本的なこと

施設の種類

街コロの施設には5種類ある。

ランドマーク
最初から手元にあるが、裏返された状態のカード。これをすべて建てるのがゲームの目的になる。また「振れるサイコロの数を増やす」「サイコロを振り直せる」などゲームを有利にする効果を持つので、どのタイミングでどのランドマークを建ててゆくかも考えどころ。
生産施設(青色)
誰の番でも、振られたサイコロの目に一致すれば収入になるカード。1回あたりの収入は少なくとも、収入機会が多いので序盤に手を広げるのに役立つ。
販売施設(緑色)
自分の番で振ったサイコロの目に一致した時だけ収入になるカード。1回あたりの収入が多めでも、他人の番には収入が増えないので、頼りすぎるとサイコロの目に泣くことも。
飲食施設(赤色)
自分以外が振ったサイコロの目に一致した時だけ、振った人からお金を奪うカード。妨害が可能になるが、相手がお金を持っていないと無意味になるので注意。
大型施設(紫色)
自分の番で振ったサイコロの目に一致した時にだけ、他のプレイヤーを妨害するカード。強力だがその分だけ高価。

サイコロの目と確率

ボードゲーム経験の浅い人向けの解説。
サイコロ1個を振った時の目はすべて同じ確率だが、2個振る時は合計数によって確率が違う。
出目の組み合わせは6×6=36通りあるが、合計が2(1+1)や12(6+6)は1パターンしかないのに対し、3だったら2+1と1+2の2パターンになるし、7は1+6・2+5・3+4・4+3・5+2・6+1と6パターンもある。7に近い目ほど出やすく、遠い目ほど出にくい。
だから、「駅」を買う前の段階では1〜6の施設はどれも出る確率が一緒だけど、駅を買ってみんながサイコロ2個を振るようになってくると、1の麦畑はもう使われないし、2の牧場もほとんど収入にならなくなる。
序盤の収入だけではなく、後半の活用も考えながら買ってゆく必要がある。

収入効率を考える

まずは施設ごとに「1ターンあたりの平均的な収入量」を計算する。青や赤は人数が増えるほど収入も増えるし、サイコロ1個(1D)と2個(2D)では目の確率が変わるので収入も変わる。
緑の「他のカード枚数で収入が変化する」ものは、1枚あたりの量を計算しているので、複数持っている場合はそれに応じて収入も増える。

基本施設収入期待値表(手番あたり)

出目 施設 価格 1D:2人 1D:3人 1D:4人 2D:2人 2D:3人 2D:4人
1 麦畑 1 0.33 0.5 0.67 - - -
2 牧場 1 0.33 0.5 0.67 0.06 0.08 0.11
2〜3 パン屋 1 0.33 0.33 0.33 0.08 0.08 0.08
3 カフェ 2 0.17 0.31 0.42 0.06 0.11 0.16
4 コンビニ 2 0.5 0.5 0.5 0.25 0.25 0.25
5 森林 3 0.33 0.5 0.67 0.22 0.33 0.44
6 スタジアム 6 0.33 0.67 1 0.28 0.56 0.83
6 テレビ局 7 0.83 0.83 0.83 0.69 0.69 0.69
6 ビジネスセンター 8 - - - - - -
7 チーズ工場 5 - - - 0.92 0.92 0.92
8 家具工場 3 - - - 0.78 0.78 0.78
9 鉱山 6 - - - 1.11 1.67 2.22
9〜10 ファミレス 3 - - - 0.5 0.88 1.16
10 リンゴ園 3 - - - 0.5 0.75 1
11〜12 青果市場 2 - - - 0.32 0.46 0.59

基本セットでは鉱山の強さが光る。購入コストも高いが、それに見合う収益をもたらしてくれる存在だ。また家具工場との連携も大きい。
緑では家具工場よりもチーズ工場の方が強く、また収益源である牧場の購入コストも低いため強化しやすいが、その代わり他人にも取られやすいし、また牧場は後半ほとんど収入にならない点でちょっと厳しい。

基本戦術
  • 牧場+チーズ工場
  • 森林・鉱山+家具工場
  • 麦畑・果樹園+青果市場

街コロ+ 施設収入期待値表(手番あたり)

出目 施設 価格 1D:2人 1D:3人 1D:4人 2D:2人 2D:3人 2D:4人
1 寿司屋 2 0.50 1.00 1.50 - - -
4 花畑 2 0.33 0.50 0.67 0.17 0.25 0.33
6 フラワーショップ 1 0.33 0.33 0.33 0.14 0.14 0.14
7 ピザ屋 1 - - - 0.17 0.33 0.5
7 出版社 5 - - - 0.17 0.33 0.5
8 バーガーショップ 1 - - - 0.14 0.28 0.42
8 サンマ漁船 2 - - - 0.84 1.25 1.67
8-9 税務署 4 - - - 1.25 2.5 3.75
12〜13 食品倉庫 2 - - - 0.17 0.17 0.17
12〜14 マグロ漁船 5 - - - 0.78 0.97 1.16

※食品倉庫・マグロ漁船は港の効果を勘案し10〜12の目をヒットとして計算している。ただしマグロ漁船の場合、他人の番では敢えてヒット率を有利にする理由がないと考えて自分の手番のみ10〜12、それ以外では12の目のみヒットとした。
また税務署は「10以上持っている場合のみ」半分を奪う、という計算しにくい代物であるのでとりあえず一人につき5を奪う前提で計算している。

1の目に大きく奪う「寿司屋」が入ったため1D場が圧迫されやすく、2D化が促進される。また最高額ランドマークが22の電波塔から30の空港に拡張されたことで高額収入の構築が更に重要になった。
一方で爆発的収入戦術は基本セットからあまり増えておらず、代わりに妨害要素として税務署が貯蓄の邪魔をするようになった。1D場のまま構築可能な花屋+フラワーショップの追加がポイントだが、それが寿司屋と干渉している。

基本戦術
  • 赤施設+食品倉庫
  • 港+寿司屋・サンマ漁船・マグロ漁船
  • 花畑+フラワーショップ

街コロ# 施設収入期待値表(手番あたり)

出目 施設 価格 1D:2人 1D:3人 1D:4人 2D:2人 2D:3人 2D:4人
2 雑貨屋 0 0.33 0.33 0.33 - - -
3-4 コーン畑 2 0.67 1 1.33 - - -
4 改装屋 2 1.33 1.33 1.33 0.67 0.67 0.67
5 高級フレンチ 3 0.83 1.67 2.5 0.56 1.11 1.67
5-6 貸金業 0 -0.67 -0.67 -0.67 -0.5 -0.5 -0.5
7 ブドウ園 3 - - - 1 1.5 2
8 清掃業 4 - - - 0.14 0.14 0.14
9 ワイナリー 3 - - - 0.67 0.67 0.67
9-10 引っ越し屋 2 - - - 0.78 0.78 0.78
10 ITベンチャー 1 - - - 0.08 0.08 0.08
11 ドリンク工場 5 - - - 0.06 0.06 0.06
11-13 公園 3 - - - ? ? ?
12-14 会員制BAR 4 - - - ? ? ?

※雑貨屋・コーン畑は2D振るようになった=駅を建設した時点で機能を失う。
公園、BARは計算しようがないのでスルー。

コーン畑と改装屋が1D場を強化、また高級フレンチにより早期のランドマーク建築に高リスクが生じた。
また2D場では新たに収益性の高いブドウ園と、それを爆発力に替えるワイナリーが登場。ただしブドウ園の収益が半減するのが悩ましい。
序盤に一時的な高額収入をもたらす貸金業はしかし、減収可能性の高さを考えると使いどころが難しい。序盤の強力な収入源でありながら終盤を邪魔しかねない改装屋と共に引っ越し屋で押し付けたいところ。
プラスで爆発力を発揮した「マグロ漁船」に対する抑止力として会員制BARが。ただし「先に奪ってから」マグロの水揚げとなるので抑止効果としては微妙なところ。
全体的に強化されてきた赤施設に対する抑止を兼ねてドリンク工場が。ヒット目が11と厳しいのが玉に瑕か。

基本戦術
  • ブドウ園+ワイナリー
  • コーン畑・ブドウ園・麦畑・果樹園+青果市場

高収益性を追求する

次に、爆発的収益性の見込める戦術の効率を考えてみよう。
青系の枚数に応じて収益を倍加させる工場系などの施設は、うまくヒットすれば1回で30を越える収入を上げ、一気に空港を買うことも可能な勝利への最短ルートだ。

単純に、これらの戦術を「生産地×工場」の形で建造コストと出目ヒット時の収入を表にしてみると、1回の収入が30を越える時の組み合わせとコストは、

  • チーズ工場×牧場
    • 工場2×牧場5
      • 建造コスト15
      • 収益30
    • 工場3×牧場4
      • 建造コスト19
      • 収益36
    • 工場4×牧場3
      • 建造コスト23
      • 収益36
  • 家具工場×森林・鉱山
    • 工場3×森林2
      • 建造コスト15
      • 収益30
    • 工場3×森林+鉱山
      • 建造コスト18
      • 収益30
    • 工場3×鉱山2
      • 建造コスト21
      • 収益30
  • フラワーショップ×花畑
    • ショップ5×花畑6
      • 建造コスト17
      • 収益30
    • ショップ6×花畑5
      • 建造コスト16
      • 収益30
  • ブドウ園×ワイナリー
    • 園3×ワイナリー2
      • 建造コスト15
      • 収益36
    • 園2×ワイナリー3
      • 建造コスト15
      • 収益36

あたりが最小コストとなる。
単純に必要枚数だけを見ると最小5枚で構築できる家具工場・ワイナリー路線が有利にも見えるが、コスト3で収入1とパフォーマンスの悪い森林や1D場では機能しないワイナリーは序盤の動きが悪い。
たとえば、毎ターンの平均収入から手の延びをシミュレートしてみよう。青の施設はプレイ人数により収益に差があるので、ここでは3人プレイを想定する。初期の収益は麦畑1とパン屋1で0.83、これに初期3金を加えて第1ターンの資金3.83でスタートする。

  • 牧場+チーズ工場
    • 1ターン目:現金3.83→牧場(現金2.83+収益1.33、+60.2%)
    • 2ターン目:現金4.16→牧場(現金3.16+収益1.83、+37.6%)
    • 3ターン目:現金4.99→牧場(現金3.99+収益2.33、+27.3%)
    • 4ターン目:現金6.32→牧場(現金5.32+収益2.83、+21.5%)
    • 5ターン目:現金8.15→牧場(現金7.15+収益3.33、+17.7%)
    • 6ターン目:現金10.48→工場(現金5.48+収益3.33、+0%)
    • 7ターン目:現金8.81→工場(現金3.81+収益3.33、+0%)
    • 8ターン目:現金7.14→駅(現金3.14+収益9.68、+190.7%)
    • 9ターン目:現金12.82→工場(現金7.82+収益14.28、+47.5%)
    • 10ターン目:現金22.1→工場(現金17.1+収益18.88、+32.2%)
    • 11ターン目:現金35.98
  • 森林+家具工場
    • 1ターン目:現金3.83→森林(現金0.83+収益1.33、+60.2%)
    • 2ターン目:現金2.16→牧場(現金1.16+収益1.83、+37.6%)
    • 3ターン目:現金3.00→森林(現金0+収益2.33、+27.3%)
    • 4ターン目:現金2.33→牧場(現金1.33+収益2.83、+21.5%)
    • 5ターン目:現金4.16→森林(現金1.16+収益3.33、+17.7%)
    • 6ターン目:現金4.49→工場(現金1.49+収益3.33、+0%)
    • 7ターン目:現金4.82→工場(現金1.82+収益3.33、+0%)
    • 8ターン目:現金5.15→駅(現金1.15+収益5.16、+55.0%)
    • 9ターン目:現金6.31→鉱山(現金0.31+収益8.39、+62.6%)
    • 10ターン目:現金8.70→鉱山(現金2.70+収益11.62、+38.5%)
    • 11ターン目:現金14.32→鉱山(現金8.32+収益14.85、+27.8%)
    • 12ターン目:現金23.17→鉱山(現金17.17+収益18.08、+21.8%)
    • 13ターン目:現金35.25

毎ターン牧場を買うことで伸ばした収益がそのまま工場の利益となるチーズ工場に対し、毎ターン森林を買えない家具工場は動きが2ターン遅れる。ただ、鉱山によって工場の収益と工場外の収益の両方が増加するため成長率は悪くない。また、家具工場でも序盤に収益を伸ばすために牧場を購入しているが、このように安価にヒット目を増やし収益を安定させられる牧場は他戦術でも買われ易く、独占による収益増加が難しいという欠点もある。対して家具工場は森林を独占しやすい上に鉱山による追加も可能なため、資源の奪い合いに対しては安定している。

別の戦術を考えよう。追加セットによって可能になった序盤ブースト戦術として、貸金業、コーン畑、改築屋の活用を考える。
序盤に大きく5金を得られる貸金業は、その代わりに-0.67もの減収をもたらす。しかしその分を取り戻せるほどの投資先を探すのは難しい。敢えて組み合わせるなら、たとえば森林の確保に資金難のある家具工場の序盤展開だろうか。牧場を2買う代わりに貸金業を1買えば、減収を考慮しても森林を2確保でき、1ターン早くに目的を達成できる。
コーン畑と改築屋は1を上回る収益性が魅力である。ただし改装屋はランドマークの発展を遅らせるので後半では引っ越し屋などで押し付けることも考慮せねばならないし、コーン畑はランドマークを発展させ始めると効果を失うので、序盤できるだけコーン畑のみで収益を上げつつ、後半は完全に切り捨てるつもりで体制を作る必要がある。

コーン畑

  • 1ターン目:現金3.83→コーン畑(現金1.83+収益2.33、+75.2%)
  • 2ターン目:現金4.16→コーン畑(現金2.16+収益3.33、+42.9%)
  • 3ターン目:現金5.49→コーン畑(現金3.49+収益4.33、+30.0%)
  • 4ターン目:現金7.82→コーン畑(現金5.82+収益5.33、+23.1%)
  • 5ターン目:現金11.15→コーン畑(現金9.15+収益6.33、+18.8%)
  • 6ターン目:現金15.48→コーン畑(現金13.48+収益7.33、+15.8%)

序盤の収益性は実に他戦術の倍を越え、また6ターン以降は(1D場ならば)安定して6を上回る収益を叩き出すため、このあたりから毎ターン鉱山を買い続けると、森林からの家具工場展開に比して3ターン早くに着手できるため2/3以上を独占可能となる。

  • 6ターン目:現金15.48→鉱山(現金9.48+収益6.33、+0%)
  • 7ターン目:現金15.48→鉱山(現金9.48+収益6.33、+0%)
  • 8ターン目:現金15.81→鉱山(現金9.81+収益4.72、-25.4%)←他プレイヤーが2D場に移行
  • 9ターン目:現金14.53→鉱山(現金8.53+収益5.81、+23.1%)
  • 10ターン目:現金14.34→駅(現金10.34+収益6.68、+15.0%)
  • 11ターン目:現金17.02→家具工場(現金14.02+収益9.8、+46.7%)
  • 12ターン目:現金23.82→家具工場(現金20.82+収益12.92、+31.8%)
  • 13ターン目:現金33.74

鉱山の独占という意味では森林-家具工場に対するメタとして優位に機能する反面、現金30を越えるラインは結局13ターンまで持ち越すのでチーズ工場には劣る。ただ6ターン目には既に15を上回る現金が確保できるという展開の早さは強烈であり、場合によっては他の赤または青施設で2D場での収益を確保しつつ現金を温存し、1Dのまま電波塔や空港を確保してしまうというのもアリかも知れない。ただし2つ目のランドマークを建設する前になんらかの収益ラインを構築しておかないと後半がジリ貧にもなりかねないので注意。

改装屋の場合は1枚目こそコーン畑よりも期待値を高めることができるものの、効果発揮のためには建設済みランドマークを未建設に戻す必要があるためコーン畑との相乗効果は発揮できない。また複数の改装屋で収益を倍加することも難しいため、むしろ戻されても安価に済む港との相性が良い寿司屋を組み合わせて1D場を圧迫、2D場に移行したところで高級フレンチと会員制BARで奪う展開になるだろう。早期にショッピングセンターを建てつつ、食品倉庫とドリンク工場での収入爆発を狙う。

最後に、+の新コンボである花畑+フラワーショップについて考察する。この戦術の利点は、1D場から安定して機能すること、従来の1D場では死に目だった6が収入になること、生産地も販売施設も安価なので序盤から相互作用させていけること。

    • 1ターン目:現金3.83→花畑(現金1.83+収益1.33、+60.2%)
    • 2ターン目:現金3.16→花畑(現金1.16+収益1.83、+37.6%)
    • 3ターン目:現金2.99→フラワーショップ(現金1.99+収益3.00、+63.9%)
    • 4ターン目:現金4.99→花畑(現金2.99+収益3.83、+27.7%)
    • 5ターン目:現金6.82→フラワーショップ(現金5.82+収益4.31、+12.5%)
    • 6ターン目:現金10.13→花畑(現金8.13+収益5.47、+26.9%)
    • 7ターン目:現金13.60→フラワーショップ(現金12.60+収益6.79、+24.1%)
    • 8ターン目:現金19.39→花畑(現金17.39+収益8.28、+21.9%)
    • 9ターン目:現金25.67→フラワーショップ(現金24.67+収益9.93、+19.9%)
    • 10ターン目:現金34.60→花畑(現金32.60+収益11.75、+18.3%)
    • 11ターン目:現金44.35→フラワーショップ(現金43.35+収益13.73、+16.9%)
    • 12ターン目:現金57.08フラワーショップ(現金56.08+収益15.71、+14.4%)

花畑+フラワーショップ戦術の利点は、1D場から安定して機能すること、従来の1D場では死に目だった6が収入になること、生産地も販売施設も安価なので序盤から相互作用させていけること。その結果、花畑1枚目ではまだ花畑0.5に対しフラワーショップ0.33と花畑に収益優位性があるが、2枚買うとフラワーショップが0.67になり逆転する。また連続でフラワーショップを買うより花畑と交互に買う方が、収益の上昇率が高い。実に10ターン目時点で現金が30を越え空港に手を出すことも可能になるが、これはチーズ工場戦術よりも1ターン早い。
ただし工場戦術では8ターン目に駅を買い9ターンから2D場に移行するので、9ターン目からの収益は自分以外の手番で4が出にくくなるため実はもう少し落ちる可能性がある。

悩ましいのはショッピングモールの購入タイミングだ。フラワーショップの売上を倍加するショッピングモールはどの時点で購入しても高い効果が見込めるが、その効果を最大化するタイミングを計算してみたい。
まずは「花畑・フラワーショップを全部買ってからショッピングモール」パターン。

    • 13ターン目:現金71.79→ショッピングモール(現金61.79+収益27.95、+77.9%)
    • 14ターン目:現金89.74

次に「10金が貯まる6ターン目で花畑を買わずにショッピングモール」。

    • 6ターン目:現金10.13→ショッピングモール(現金0.13+収益6.35、+47.3%)
    • 7ターン目:現金6.48→花畑(現金4.48+収益8.19、+29.0%)
    • 8ターン目:現金12.67→フラワーショップ(現金11.67+収益10.87、+32.7%)
    • 9ターン目:現金22.54→花畑(現金20.54+収益13.38、+23.1%)
    • 10ターン目:現金33.92→フラワーショップ(現金32.92+収益16.73、+25.0%)
    • 11ターン目:現金49.65→花畑(現金47.65+収益19.91、+19.0%)
    • 12ターン目:現金67.56→フラワーショップ(現金66.56+収益23.93、+20.2%)
    • 13ターン目:現金90.49フラワーショップ(現金89.49+収益27.95、+16.8%)
    • 14ターン目:現金117.44

こちらも10ターンで30金越えになる点では速度に変わりないが、収益の伸びで上回るため11ターン以降では逆転する。
いずれにせよ花畑+フラワーショップもチーズ工場と同様、安価なため独占の難しいタイプのコンボであるから、他人の購入も見ながらタイミングを計る必要があるだろう。

この他に独占可能性の高い青果市場系やワイナリー系も研究の余地があるが、今回は割愛する。

有線ヘッドフォンを無線にする

イアフォン・ヘッドフォンで一番発生しやすい故障は「ケーブルの断線」である。ハイエンドモデルだとオーディオ本体へ接続するケーブルの根本がピンジャックになっており換装可能なものもあるが、安いものでは直付けなので分解して半田付けし直すか捨てるしかない。
そうでなくてもケーブルの存在はちょっと厄介だ。席を立つ時は外さねばならなかったり、満員電車内などでは乗り降りの際に他人のボタンや鞄などに引っ掛かって抜けたり切れたりする。
利便性を考えるなら、ワイアレスにしたい。

しかしワイアレス化を検討すると、そのヴァリエーションの少なさに驚かされる:たとえばAmazonで「イヤホン・ヘッドホン」カテゴリを見るとイアフォン約1万2千〜3千、ヘッドフォン4千ほどの商品数があるが、「ワイヤレス」で絞り込むとその1/10ぐらいに減じてしまう。つまり、デザインや性能で選ぼうとしてもそもそも候補が少なく、断念せざるを得ないことがかなり多くなる。
しかもワイアレスヘッドフォンは割高である。いや、通常のヘッドフォンに加えてバッテリーを内蔵し通信機能を載せているのだから当然ではあるのだが、そうはいっても場合によっては倍以上も価格差がついたりすると尻込みせざるを得ない。
たとえばゼンハイザーのMOMENTUM On-Earだと、有線モデルなら2万円前後だが
www.amazon.co.jp
Bluetoothモデルだと5万円を越える。
www.amazon.co.jp
まあこれは流石に特殊例だとは思うが、他メーカでも1万円前後は値が変わるようだ。1万の上乗せというのは、何万もする高級機路線ならば大した問題ではないかも知れないが、1万円前後の「そこそこのモデル」を買う感覚でいくと、チープなエントリーモデルで我慢するか予算を倍増するかの選択を迫られる感じになってしまう。

じゃあBluetoothを内蔵しなければいいのではないか。
というわけでBluetoothオーディオレシーバーという選択肢を考える。

BLUENEXT ELANVITAL ワイヤレスステレオレシーバーAirCLIPII ブラック EVSH-03BK

BLUENEXT ELANVITAL ワイヤレスステレオレシーバーAirCLIPII ブラック EVSH-03BK

SONY ワイヤレスオーディオレシーバー Bluetooth対応 マイク付 ブラック DRC-BTN40/B

SONY ワイヤレスオーディオレシーバー Bluetooth対応 マイク付 ブラック DRC-BTN40/B

要するに、ヘッドフォン/イアフォンを差し込むとオーディオ本体との間をBluetoothで通信可能にしてくれるという代物である。コンパクトな分だけヘッドフォン内蔵型よりもバッテリ容量的に不利な面もあるが、内蔵型の耳元操作より手元操作の方がやりやすいしマイクで通話もできるし、なにより内蔵型より安価で済み、しかも好きなヘッドフォンをそのまま利用できる。
ただ近年では、内蔵型のヘッドフォンが広まってきたためかこの手の商品自体がかなり縮小傾向にあるようで、ソニーオーディオテクニカなど主要なオーディオメーカは撤退しつつあり、売っているとしてもイアフォンとのセットのみだったりする。今や主要なメーカーはELECOMのみかも知れない。

インセインSCPを遊ぶために知っておくべきこと

インセインSCPのライセンス問題によってTRPG界隈では俄にクリエイティブ・コモンズ(CC)、および著作権についての話が盛り上がった。
なにしろ著作権というのはなかなかに難解、というか線引きの難しい問題を含んでいて、どこまでが保護されどこからが保護されないのか、そう簡単には断言できない。
とはいえプレイヤーの側としても「わからない」では遊ぶのに躊躇があるわけで、少なくとも「これは大丈夫」「これは駄目」がはっきりしている部分については説明しておくべきだろうと考えたので、この記事を書いている。
ただし筆者はSCP財団の当事者でも冒険企画局の当事者でもなく、また知的財産の専門家というわけでもなく、単なる一介の第三者に過ぎない。従って(これと大きく異なるものにはならないだろうとは思っているけれども)なんら公的な見解ではないということには留意されたい。

クリエイティブ・コモンズとは

大雑把に言えば、「いちいち作者の許可を得ないで作品を利用できるようにするための仕組み」だ。このライセンスに従って公開された作品は、ライセンス条件さえ守れば「こんな風に使っていいですか」と訊くことなく利用できる。
同じCCライセンスでも、商用に利用して良いかどうか、改変して良いかどうかなどでいくつかの種類があるが、SCPおよびインセインSCPの場合には「表示-継承」という条件になっている。これは要するに「原作者が誰なのかはっきりさせること」「この作品を利用して作った何かを公開する場合、それもCC-表示-継承のライセンス形式を受け継ぐこと」という意味だ。代わりに、転載・複製・改変・商用利用が自由に行なえる。
……つまり、あなたはSCPを自由に使うことができるが、SCPに影響を受けてあなたが作った作品も誰もが自由に使えるようにしなくてはならないという意味だと思えば、だいたい間違ってない。

CC 表示-継承で公開するとどうなるのか

あなたが公開したものは、基本的には誰でも自由に使って良いことになる。その誰かはあなたの作品をコピーしてもいいし、そのコピーを勝手に書き換えたものを作ってもいい。また売ったりすることも許される(ただし、それらも公開にあたってはCC 表示-継承を宣言する必要がある)。
まあほとんどの場合はそんなに気にするようなことにはならないと思う:自分の書いたシナリオの改良版が作られたりとか、自分の描いたキャライラストが動画に使われるとか、そんなことはあるかも知れないけど。

CCライセンスが必要な場合とそうでない場合

オフラインのセッションで遊ぶだけの場合

ごく普通に対面でセッションして、シナリオを公開するわけでもリプレイを公開するわけでもなく、伝統的なTRPGの遊び方の範疇に留まるならば、著作権クリエイティブ・コモンズについて何も考えることはない。キャラクターシートなどのコピーやルール・データの改変は、遊ぶために必要な行為として認められているし、いずれにせよ私的利用の範囲内ではいかなる権利も侵害していないと言ってよいので、非公開の範囲ならば気にせず遊ぶことができる。

オンラインセッションの場合

これは多少考えるべき事例に思われるが、ひとまずセッション自体がメンバー以外には非公開で行なわれる場合は気にしなくて良いだろう。オフラインでのセッションと扱い的にはほぼ同一だ。
セッションを誰でも見学可能な状態で行なう場合には、もしかしたら「派生物の公開」と見做される可能性がある。しかしログが事後に消滅する場合は(実質的には)気にしなくて大丈夫だろうと思う。
またセッションのために狂気カードなどの内容を入力することは、少なくとも非公開なら私的利用の範囲内、公開の場合は登録に用いたデータをCC-表示-継承ライセンスに従い公開した方が良いかも知れない。

リプレイやシナリオなどを公開する場合

財団保有のSCPを使うにせよ、オリジナルのSCPを作るにせよ、基本的にはCC-表示-継承ライセンスを適用すべき範囲。ただし、扱う内容によってクレジット表記に違いが生じる(後述)。

キャラのイラストなどを公開する場合

そのイラスト内に何を描いたかによるのだが、基本的に自キャラを描いただけならば単なるオリジナルなので何のクレジットも必要なくCCライセンスも不要。SCP財団それ自体には明確なビジュアルイメージが存在しないので、CC的に抵触するとしたら「SCPの具体的な説明に基づきイラスト化した場合」だろう。それを公開する場合はSCPからの派生物としてCC-表示-継承ライセンスに従った方がいいかも知れない。

CCのライセンス表記

SCPおよびインセインSCPのCCライセンスは「表示-継承」なので、「内容をどこから取ってきて、その作者は誰か」をはっきりさせる必要がある。
基本的な書き方は、おおむねインセインSCPの254〜255ページにあるクレジット表記を参考にすれば良い。ただし何を利用したかによって、書くべき内容に違いがある。

SCP自体はオリジナルの場合

SCP財団のシンボルマークを利用する場合は255ページ左上の「カバーおよびキャラクターシートの装飾」部分、それ以外は254ページ右下の「全体を通して言及される〜」以降を、また「インセインSCP」自体の権利者として冒険企画局、文章およびデータ部分については斎藤高吉、イラストはカバー:青木邦夫、リプレイ内イラスト:coco、コマなどのデフォルメイラスト:落合なごみの各氏をクレジットすべきだろう。
なおインセイン自体の基本システムについては冒険企画局/河嶋陶一郎氏となるが、こちらはCCでライセンスされていないことに注意。

財団保有のSCPを利用した場合

254〜255ページを参考に各SCPの作者をクレジットする必要がある。ただし記事には(直接的には)作者名が表記されてないので、以下の方法で調べることになる。
SCP-XXXシリーズについては:クレジット - SCP Foundation 非公式日本語訳wikiに、日本語のみのSCP-XXX-JPシリーズについてはSCP-JP著者一覧 - SCP財団の著者一覧.xlsxを参照するのが良いだろう。
これらに載っていない場合、基本的には各SCP記事ページ下部の「履歴/history」を見て、rev.の一番古いバージョンを投稿した人物のIDを調べるのが順当だろう。

インセインSCPのライセンスについて整理する

インセインSCPは、(少なくとも商業出版されたTRPGとしては)恐らく初めての「クリエイティブ・コモンズのもとライセンスされた」ルールとなった。これはSCP自体が同ライセンスのもと「継承」を条件に公開されている、つまり「SCPを利用した二次創作物にも同じライセンス条件を適用すること(BY-SA)」というルールがある以上当然のことだが、この扱い慣れぬ条件が混乱を呼んでいるようだ。

大雑把に言えば、著作物には2種類ある:誰かが著作権を保有しているものと、保有していないものだ。
権利保有者のいる著作については、権利者以外は勝手に使うことができない。法的に認められた引用、または私的利用の範囲でなければ、都度権利者に許諾を求める必要がある。
対して著作権が消滅したもの、あるいは放棄を宣言したもの(パブリック・ドメイン)は誰でも自由に扱うことができる。作品の複製、改変、商業利用、なんでもOK。

クリエイティブ・コモンズ(以下CC)は、「著作権を放棄することなく、しかしパブリック・ドメインに近い扱いに変更する」仕組みだ。いくつかのライセンス条項を守ることを条件に、事前の許諾なく利用することを許可する。
SCPの場合、「表示-継承(BY-SA)」という条件が付いている:「出典を明らかにし権利が誰にあるのかを明記すること」+「これを利用して作られたものも同じライセンス条件で公開されること」だ。つまり、SCPの二次創作はすべてCC BY-SAとなり、出典さえ明示すれば複製でも改変でも商業利用でもいちいち許可を求めずにやって良い。ただしそうやって作ったものは(それが商業作品であっても)同様にCC BY-SAで公開せねばならないので、その作品自体も自由に複製したり改変したり商業利用したりすることを認めなければならないことになる。

で、これがどう混乱するか、というと……「インセインSCPを『利用』した作品、たとえばリプレイやシナリオなどはすべてCC BY-SAになるのでは」という懸念だ。
結論から言うと、それはちょっと違う。CCは「著作権法を上書きする」ものではなく、あくまで「通常の著作権の範囲外を拡張する」ための仕組みである。だから、たとえば正当な引用や私的利用の範囲内であればCCは関係ないし、また権利者が許可を出した範囲内であればCCを適用せずに利用できる:たとえばプレイのためにコピーしたシートに記入してキャラクターを作ったりルール・データを用いてシナリオやリプレイを書いたりしても(慣例的にTRPGの正当な利用として認められている範囲)、それがただちにCC BY-SAになるわけではない。それ以上のことをしようと思った時にだけ、CC BY-SAが発動することになる。
ただし、「インセインSCPに収録されているSCPデータ」はそれぞれにCC BY-SAで公開されたSCPの内容(を元にゲームデータとしてコンバートされた派生物)なので、これらを利用したものを公開する場合はその出典・権利者を明記しCC BY-SAを適用する(もしくは権利者に許諾を得てCC外で公開する)必要があるだろう。この点については、オリジナルのSCPならば問題にならない。

問題があるとすれば「SCP財団などの設定を使う」部分だ:これはSCPがSCPであるための前提条件のようなものなので、無視して独自設定に差し替えることはできない……というか、理論上不可能ではないのだがそれをやった時点でそもそもインセインSCPではないものになってしまうという問題があるため、悩ましい。
ただ、人名などの固有名詞や個々のSCPの設定内容はともかく、「財団」という一般名詞やその設定については正直あまりに漠然としたものしかなく、著作物といえるほどの要件を満たしていないのではないかという気もする(個人的な見解)。
ただし敵対組織などは具体的な名称があるので(判断の難しいところだが)これらを登場させると「著作物の利用」に該当するかも知れない。
いずれにせよ、CCライセンスの境界が曖昧になりそうな部分というのはインセインSCPではなくSCPそのものの部分であり、仮にシナリオやリプレイの公開によって著作権侵害が問題になるとしたら、その当事者は冒険企画局ではなくSCP財団関係者の方、ということになるだろう。

もっとも、CC BY-SAで公開することをそんなに問題視することはないのでは、という気もする:職業ライターの方でもなければ、そもそもシナリオやリプレイを有償公開するようなことはまずないだろうし、そうして無償公開されているシナリオによるリプレイやオリジナル改変を適用したバージョンなども珍しくはないはずで、「許可連絡が欲しいかどうか」ぐらいの違いではないだろうか。

念の為:SCPの利用によってCCライセンス適用を受けるのはあくまでインセインSCPのみで、インセイン自体はCCにはならないことに注意。

本好きの、本好きによる、本好きのための「本好きの下剋上」

「本好きの下剋上」を、公開分まで読み切った。あまりに面白かったので書籍版もKindleで揃えて、また最初から読み直している。一作品をじっくり読むより次々に濫読する方を好む私としては小説をこのように読了後すぐに読み返すことはほとんどないので、気に入りようがお解り頂けるだろうか。

活字中毒者の幼女

最初のうち、主人公はちっとも魅力的でない。本がないことに絶望しているから世界に馴染もうとせず、どうにかして本を作り出そうとする余り空回りしては周囲を困らせるばかりで、家族や近隣の人たちだけでなく読者から見ても身勝手だ。
それが転機を迎えるのは書籍版だと1巻の終わり頃、幼馴染の男の子が商人見習いになるのを助けるくだりである。その子に協力する時点で既に当初よりは関わりを得ているのだが、ここで初めて自分の持つ異世界の技術知識に高い価値があることを自覚し、本のために積極的に動くことを決意する。同時にそれはこの世界に腰を据え、きちんと周囲に関わってゆくこうとすることでもある。いつしか「見知らぬ他人」ではなく身内といえる関係が築かれ、当初の身勝手だった印象は影を潜める。

しかし本──のための製紙と印刷の技術──は「高い価値」というレベルの話ではない。それまで1頭の羊から1ヶ月かけて2枚程度しか得られず、すべてのページを手書きで作り上げていた貴重品を一気に量産し、庶民にも手の届く嗜好品として普及させようと望むならば、産業構造をひっくり返し社会基盤から変革する必要がある。それは一平民が手掛ける範囲を大きく逸脱している。必然的に主人公は貴族社会に近付き、否応なく取り込まれることになる。それはまた、身分の壁によって親しい者と距離を取らされることをも意味する。

この「主人公が社会を受け入れ、社会が主人公を受け入れる」「異なる社会に足を踏み入れ、同時に以前の繋がりを少しづつ失う」という流れは、その後も繰り返し描写されることになる。
普段は本まっしぐらな主人公が巻き起こすドタバタが笑いを誘う分だけ、不意に訪れる別れのしんみりした描写とのギャップは胸を締め付けるものがある。

魔術社会

魔術が実在するならば、それが社会構造に影響しないはずがない。「本好き」世界では契約に強制力を持たせる魔術や登録された住民とそれ以外を識別する魔術など、社会基盤に魔術が組み込まれている。
また「魔力を有し魔術を行使できるのは(基本的に)貴族だけ」という形で身分差のある支配構造に意義が生じ、同時に「高速な移動/情報伝達技術がありながら中世程度の社会レベルに止まる理由」も明らかになっている:高速伝達のできない平民間では技術が拡散しにくく、また貴族の技術は魔力のない平民には応用できないため、「平民が技術を発明し社会に変革をもたらす」ことがほとんどないのだ。
このように社会構造に魔術が深く関わっているという設定が、平民の主人公が貴族社会で潰されぬ立場を得ることにも繋がり、また政治的混乱による世界への影響にも繋がっている。物語上の要請と設定上の帰結が相互に作用して、複雑で魅力的な描写を生み出していると言える。
魔術の礎を為すのは神話に準じた祈祷であり、そのため貴族の挨拶や会話には高頻度で神話由来の言い回しが登場する。たとえば「フリュートレーネとルングシュメールの癒やしは違う」というのは同じ癒しの魔術でも水の女神であり不浄を清めるフリュートレーネの力と、その眷属で傷を治すルングシュメールの力は異なる=「それはそれ、これはこれ」の意味で用いられるし、「時の女神 ドレッファングーアの紡ぐ糸が重なった」ならば再会を、「時の女神 ドレッファングーアの紡ぐ糸が重なることはない」ならば決別を、「時の女神 ドレッファングーアの紡ぐ糸が重なることがあれば」なら婉曲的な断りを示すなど、背景設定として詳細な神話があり、それが生活に浸透していることを伺わせる描写となっているのも面白い。

本好きのためのメタ構造

元々、異世界転生というテンプレートには「読者と同じ現代日本人視点で描写できるため、現地住民視点よりも共感しやすい表現が可能」という利点があるが、「本好き」の場合は更に読者の属性を絞り込んで一段深まったメタ構造を獲得しているように思われる。
寝食を忘れて読書に没頭する主人公の話を読む側が思わず徹夜してしまい、主人公が本好きを増やすために仕掛けた「続刊待ちの罠」を読む側が続きを待ち焦がれる。活字中毒者メタ視点である。

作者の執筆速度は割合早い方で、ほとんど日刊ペースで連載されている。Web上では現在のところ第5部が連載中で、書籍版では1部あたり3冊構成だから相当な分量だ。1部終わるごとに主人公の社会的立場が一段上がる感じになっているので、恐らくは7部ぐらいまでは続くんじゃないだろうか。
なお書籍版では文章がリライトされて一部のストーリーが整理されたり誤字や多少引っ掛かる言い回しなどが修正されているほか、主人公以外の視点で語られる閑話部分が自己紹介から始まる一人称視点ではなく三人称視点での描写に書き変わっていたり、本編には含まれない書き下ろしサイドストーリーが追加されていたりするので、是非そちらでも読み直されたい。
また「なろう」にも設定系のまとめページがあるが、他に有志によるWikiも作られ情報が纏まっているので、不明点などはその辺りも参照しながら読み進めるといいかも知れない。ただしネタバレ注意。
www8.atwiki.jp

異世界ひとりDASH村(ただし本限定)「本好きの下剋上」

「小説家になろう」で大勢を占める異世界転生チートものの中で、ちょっと異彩を放つ作品である。
ncode.syosetu.com
特徴的なのは「中世ヨーロッパ風世界であること」「(中身が)現代日本人という設定が描写に生きていること」「チートというより苦労話であること」か。

ファンタジーといえば「中世ヨーロッパ風」と相場が決まっているが、その実ほとんどの国産ファンタジー世界は近世〜近代だ。窓にはガラス、鋼の武具、乗りごこちの良い馬車、陶器の皿、遠洋を航海できる船などは、中世には存在しない*1。領主が領民を支配し、宗教の影響力が極めて強く、その一方ではまだ地方に残る土着信仰も根強い、そんな時代である。
中世初期のイメージなら「ヴィンランド・サガ」、後期だと「ホークウッド」などが参考になるだろう。「チェーザレ」なども中世といえば中世なのだが、ルネサンス期は中世から近世への移行期であり様々な発明・発見が産まれ時代が大きく変わってゆく時代なので、標準的な中世のイメージとは些か異なる。

「本好きの下剋上」は、何をするにも木を削って道具を作り、夜間の明かりは獣脂から作る蝋燭、紙といえば庶民には手の出ない羊皮紙、そんな世界で、かなり前期中世の雰囲気に忠実なようだ。もっとも社会構造については、序盤はごく狭い範囲しか見えていないので実際がどうなのかはよくわからないけれども。

異世界転生というテンプレートにはいくつかの利点があるが、その一つが「読者と同じ現代日本人の感覚で異世界を描写できる」ことだろう。比較校正するための「標準」を読者と主人公が共有していることで、差違を明瞭にすることができる。
たとえば異国の料理を、それを日常的に食べて育った人は「普通の味」としか感じないが、日本人が食べれば「食べ慣れない複雑な味」になり、それが何なのかを分析し、あるいは過去の経験から似た料理を思い浮かべる。
たとえば現代文明から遠く離れた生活を、その地の人は特段苦にするわけでもない「普段通りの暮らし」だが、日本人にとっては耐えかねる気候であったり衛生状態であったり、重労働であったりする。そういった意識の差がありありと描かれており、苦労が想像できる。

タイトルの通り、主人公は本好きで、そして転生先は本が個人では入手どころか見ることも叶わぬ世界。自らの境遇を確認した主人公がまず行なうことは「本を作る……ための紙を用意する」ことだ。現地で、虚弱な子供がどうにか手に入れられる限りの材料だけで、どうにかして紙を作り文字を書こうとする、その様はちょっとDASH村っぽくもある。本好き故に様々な知識があるとは雖も、まさか紙を自作することになるなどとは想像もしていないわけで、その辺りはうろ覚えの知識を元に試行錯誤。エジプトに倣い草の茎からパピルスめいたものが作れないかと考えてみたり、シュメールに倣い粘土板に文字を刻んでみたり……
とか思ってたら、

いつだったか、村作りをしていたアイドルらしくないアイドルがテレビ番組で紙を作っていた。アイドルにできて、わたしにできないはずがない

本編にも書かれてた。
もっとも、流石に道具も材料もすべて手探りで独自開発というのは条件が厳しすぎるようで、途中からは段々、自作の工夫よりも交渉が主体になってゆくようだが、その分だけ人との関わりが増えて面白さは加速する。

チートっぽさはむしろ「(日本人だった頃に)母親のオカンアート趣味に付き合わされた」手芸方面の経験と、そもそも「学習」の経験があることに依っている感がある。言葉で読むよりも図で見るよりも、実際に作ってみる方が理解は早いものだ。

まだ序盤しか読んでいないので今後の展開次第な面はあるけれど、期待を裏切られそうな感じはしない。これなら書籍化も納得できるというもの。

*1:まあひとくちに中世といっても1000年ぐらいあって時代ごとに状況も異なるし、「どこまでを中世とするか」によっても多少違ってはくるが

ノベルゼロの初回刊行分をサンプリング

KADOKAWAが新レーベルを創刊した。ノベルゼロ、主に30代の男性をターゲットとした「大人向けライトノベル」的位置付けである。
novel-zero.com
装丁は無地で、上1/3には黒文字だけ、下2/3を絵入りの大帯で覆うという「ライトノベルっぽさとライトノベルっぽくなさを併せ持った」デザインパターンはなかなか洒落ている。
とはいえ本の価値は見た目ではなく中身で決まる。普段あまりライトノベル系を読まないので作者についての前知識もなく、短かい紹介文のみで判断するのは流石に厳しかったので、とりあえずKindleのサンプル版をダウンロードしてみることにした。

個別評

三浦勇雄「皿の上の聖騎士」

伝説の甲冑が纏われた瞬間、新たな神話が開闢る。

フィッシュバーン家には伝説がある。大国レーヴァテインがまだ小さな辺境国だった頃、ご先祖様が大陸中の霊獣を訪ね歩いて防具を授かり、集まったそれらは一着の聖なる甲冑と成った。
――それが全ての始まりだった。

近世ヨーロッパ風の純異世界ファンタジーな「勇者の子孫」もの。ただし能力も武具も、受け継いだのは主人公ではなく姉。読める範囲では武具の来歴と姉の人となりぐらいしか語られないので、面白い展開になりそうかどうか判断しかねる。硬い口調だけど積極的に弟をかまう姉と、それに反発というか逃げたがる弟の姿は割合キャラ色強めな感じか。

師走トオル「無法の弁護人」

この弁護士の策略(トリック)に、誰もが騙される――

理想に燃える新人弁護士の本多は、初めての刑事裁判で苦戦を強いられていた。やむを得ず彼が助力を求めたのは、「他人のウソを見破れる」とうそぶく不敵な男、通称“悪魔の弁護人”だった――。

法廷ものと思われる。ミステリ系なんだろうか。若く頼りない弁護士が「悪魔の弁護人」を訪ね……というところまででサンプルは終わってしまうので、正直面白くなるのかどうかよくわからない。

杉井ヒカル「ブックマートの金狼」

元トラブルシューターの書店店長が裏社会の問題に挑む――

東京・新宿のど真ん中に位置する『くじら堂書店』店長を務める男・宮内直人はかつて伝説的チームを率い、裏社会にまで名を轟かせた元トラブルシューターだった。そんな彼の元に、久々の《トラブル》が舞い込み……?

冴えない雇われ店長だけど実は高い戦闘力を……というところまではわかった。最初は本の話ばかりなので本好きとしてはちょっとばかり好感度上がる。とりあえずサンプル段階で物語が「動いた」感が得られたところも好感触。

伊藤ヒロ峰守ひろかず「S20/戦後トウキョウ退魔師」

ソノ男共、怪力乱神ヲ語ラセズ

敗戦後の混沌とした日本を生き抜く男が二人、おりまして、その名、茶楽呆吉郎と襟之井刀次と申します。不死の呪いに機械仕掛け。そんな二人が掲げる看板は、『不思議問題解決承リマス』

オカルト系の異能バトルものか。個人的には文章がやや装飾過剰に思われるのと、いかつい筋肉系と怜悧な美貌系で見た目と役割が逆っぽいのがなんか引っ掛かったが、その辺はまあ好みの問題。

青木潤太郎「インスタント・マギ」

青年の《科学》が《魔法》に到達した日、彼を巡る魔法使いの戦争が始まった。

科学者の青年が、魔法陣の映像電子ドラッグで脳にストレスを加え、一時的に超能力者《インスタントな魔法使い》になる方法を発明した。それが原因で、青年を巡る本物の《魔法使い》の戦争が引き起こされてしまい……?

「魔法を科学(っぽいもの)で説明しようとする」のはライトノベルとは相性の良い分野で、脳科学方面となればシュタインズ・ゲートなどの「想定科学」系好きにも縁浅からぬ感じだ。そのへん期待できるが、サンプルの範囲ではほとんど「美少女魔術師と頭の良い青年の同棲もの」。

扇友太「竜と正義」

人魔調停局実働部--捜査開始!

人間と魔物が共存する現代。人魔社会の平和維持のため、調停局の新人実働官ライルは今日も事件と、上司であるオーロッドの叱責と戦っている。第9回MF文庫J新人賞・最優秀賞受賞作が加筆修正、完全版として登場。

どうやら「モンスターデイズ」というタイトルで刊行された作品のリライトらしい、「人と魔が混じり合って暮らす社会」の捜査官もの。なかなか好みの設定だし勢いも悪くない。今回の6サンプルの中では一番楽しめたぐらいだが、どうにも「魔物が人に変化して一緒に暮らす」という社会の描かれ方が気になって仕方ない……「なんでヒトに合わせる形で融合してるんだ」というのと「なんで主要キャラ紹介イラストぜんぶ人型で描かれてるんだ」というのと。

総評

昨今のライトノベルの平均的な文章力がどの程度なんだかほとんど知らないので判断は難しいが、総じて力量に定評のある作者を擁立している感じはある。あからさまにチートハーレムっぽかったりしないのは「そういうのに飽きた」ぐらいの、しかしがっつりSFとかに移行するほどでもないぐらいの読者層を狙ってる感じなんだろうか。30代向けとはあるが、執筆予定者の中には水野良友野詳秋田禎信など1990年代前半のライトノベル初期を支えた名も挙がっているあたり、あのころ中高生ぐらいだった30代後半〜40代前半ぐらいもターゲットなんだろう。
今のところ、買って続きを読んでみるとしたらインスタント・マギか(ただ「美少女と同棲」てあたりが正直ちょっと私にとっての地雷感あって引っ掛かっている)、ブックマートの金狼かな……